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2006年01月11日
大分県
大分県観光協会 別府八湯別府八湯とは市内8つの代表的温泉地の総称です。これらはもともと独立した温泉場として栄え、古いものは8世紀初めに遡る歴史を持つ温泉もあります。 明治時代以降、交通の便が確保され温泉場の開発も進み、大正時代には現在の8つの温泉地に「由布院」、「塚原」を加えた「別府十湯」と呼ばれていました。 その後の町村合併等で大正13年に市制施行されるまでに現在の「別府八湯」の名称が定着したようです。 8つの温泉地は市内全域に点在しているので、同じ市内でも泉質が異なり風景も温泉地ごとに趣があります。温泉の入浴形態も様々なので一度にいろいろな温泉を満喫することができます。
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京 石(安心院町指定=史跡) 米神山西南麓、対が二対、一本立が三本、倒伏二本、計九本が、環状に林立する、ストンサークル<環状列石群>である。 代表的な一対を測ると、円柱形の方は、高さ263cm、周197cm、少し平たい方は、高さ281cm、周225cm、米神山の中腹にある自然の石柱群と相対し、太古祭祀の遺跡ではあるまいかと推定され、神社の起源とか、鳥居の原始の姿とか、南天遙かに由布山の霊峰を望む位置である。 仏教関係では、写経などを埋めた印の経石か、ストンサークルは人工的配石遺構で、縄文人が、何のために造ったかは解明されていないが、明らかに、古代の巨石記念物であろう。定説はまだない。原始宗教に関する好個の資料として、学者の研究が期待されている。 院内町の石橋鳥居橋は院内町75基の石橋を代表する5連アーチの石橋で、細く長い橋脚から「石橋の貴婦人」とも呼ばれています。名工松田新之助により大正5年7月に完成し、これまで多くの大洪水にも耐えたのは設計と技術の正確さを証明しています。夜間10時までライトアップされており、昼とは違った神秘的な姿を見せています 石橋の技術は、江戸時代初期に中国の僧によって長崎に伝えられ、以後、九州全域に広まったと伝えられています。院内町に石造アーチ橋が多いのは、いくつもの深い谷に集落が点在するという地形上の理由と、川が急流で木橋では流されてしまうため石橋が求められたという背景があります。もともと院内では谷あいの段々畑を区切る石垣や水路をつくるため、石工の技術が男たちに必要とされていました。名棟梁・松田新之助に代表される優れた院内の「匠の技」が、「日本一の石橋のまち」をつくった大きな力となったわけです。 古くから人々の生活をつなぐ交通路として、また人と人をつなぐ心の懸け橋として。一つひとつの橋には、その橋の建設を望んだ人々の願いや、石工たちの橋に対する想いが込められています。 |
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国東半島・中津・宇佐・耶馬溪の宿泊施設一覧 |
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歴史探訪 ゆっくり散歩 その昔、豊後(大分)の中心地として栄えた上野元町周辺を懐古しながら散策してみよう。
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よみがえった臼杵石仏 臼杵石仏は、九州の東海岸、大分県臼杵市大字中尾・深田に所在しています。この地には、切り立った丘陵の崖面に彫りだされた磨崖仏と一つの岩の塊まりを削って石像とした持ち運び可能な石仏との二種類あります。臼杵の石仏は、阿蘇溶結凝灰岩という軟質の石に彫られているため、風化しやすく、永い年月の間に亀裂を生じたり、剥落するなど傷みがひどくなっていました。このため、1980年から1994年までの14年間、磨崖仏を中心に保存修理工事が行われました。さらに、保存修理の効果をより高めるために修理の終わった各磨崖仏群に保存施設としての覆屋も設置されました。この修理の中で、多くの人々から最も注目を集めたのは古園石仏の修理でした。ここには、長い間親しまれてきた中尊大日如来像の仏頭が地上に安置されており、修理に際して、仏頭を元の位置に戻すかどうかの論議が市民の間から沸き起こりました。約4年間にわたる論争の末、保存して将来に引き継いでいくためには復位すべきであるという意見が大勢を占め、これを受け大日如来の仏頭復位が行われました。 仏頭復位の成った大日如来は、その姿を一変しました。両肘を左右に十分に張り、お顔は、両頬が丸く張りをもって彫られ、両眉は、美しい半円弧を描き、両眼のまなじりはわずかに切れ上がり、豊かな抑揚を見せる大きな眼をはっきりと刻んでいます。そして、お顔の形を引き締めるかの様な小さな唇と締まった顎の表現によって、全体としては、典雅でしかも力強い像形がうかがえるようになりました。 こうした像形から、古園石仏の中尊大日如来像は、臼杵磨崖仏中の秀作、我が国石造美術の最高傑作の一つと言われています。 臼杵磨崖仏は、古園石仏・山王山石仏・ホキ石仏第1群・ホキ石仏第2群の四群から成っています。いずれも造顕年代は、はっきりとしていませんが、美術史的見地からは、平安時代後期~鎌倉時代にかけて彫られたと考えられています。 保存修理の終わった臼杵磨崖仏は、その姿を一変し、本来の姿に近い、見事な出来ばとなったことが高い評価を受け、59体の磨崖仏が1995年6月15日に、石仏としては我が国ではじめて「国宝」の指定を受けました。 |
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石橋の技術は、江戸時代初期に中国の僧によって長崎に伝えられ、以後、九州全域に広まったと伝えられています。
臼杵石仏は、九州の東海岸、大分県臼杵市大字中尾・深田に所在しています。この地には、切り立った丘陵の崖面に彫りだされた磨崖仏と一つの岩の塊まりを削って石像とした持ち運び可能な石仏との二種類あります。
落差83メートル、水量の多い時は周囲を震動させる様であり迫力満点。
標高1,100メートルの大自然の中に吹き上がる蒸気と噴出する不気味な熱泥。
国指定の名勝地で、筑紫溶岩台地を削ってできた落差20メートル、幅40メートルの豪快な二段落としの滝。