

二代目 お宮の松

貫一・お宮の像 |
温暖な気候、海と山の美しい自然、そして美味しい味覚。明治時代から多くの文豪たちが居を構え、名作を執筆した熱海。
その中でもひときわ有名なのが、 明治30年より6年間「読売新聞」「新小説」に断続的に掲載された尾崎紅葉の小説「金色夜叉」(こんじきやしゃ)です。 |
この小説にちなむ「お宮の松」と、「熱海の海岸散歩する・・・」で始まる歌謡が一体となり、爆発的に流布し、主人公「貫一・お宮」はあたかも実在の人物のように国民の心をとらえて離さない存在となりました。
高等中学生の間貫一(はざまかんいち)が、許婚の鴫沢宮(しぎさわみや)を資産家の富山唯継(とみやまただつぐ)に奪われ、高利貸しの鬼となるストーリーですが、特に熱海の海岸での別れの場面が有名で、超人気小説となりました。
小説は尾崎紅葉の死によって未完のまま終わり、読者の想像力をかきたて、一目でも物語の舞台を見ようと多くの観光客が熱海を訪れました。現在でも海岸近くの緑地帯の中に「二代目お宮の松」と「貫一・お宮の像」が建っています。
今では海岸道路も整備されましたが、30数年前までは、ちょうど道の真ん中にお宮の松があったので、車はそれを避けるかのように走っていたそうです。 |
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桓武天皇の延暦21年(802)、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず、人々は恐れおののいて仕事も手につかない日々が続きました。依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うため富士山東面須走の地(現在の社地字日向)に斎場を設け祭事を行いました。すると翌年4月初申の日に噴火が治まりました。 翌年、平城天皇の大同2年(807)、その鎮火祭の跡地、すなわち今の社地に鎮火のお礼のため社殿を造営したと伝えられています。この場所がやや平らであったために、土地の人々が早くからこの小祠を祀ったものと思われます。 当社は、各登山道浅間五社の一社であり、全国1316社の本社一つであります。氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬をあつめています。
【祭 神】
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)
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白倉峡
白倉山を源に天竜川へ注ぐ清流に刻まれた渓谷は、若葉が萌える新緑、艶やかな紅葉と、移り行く季節とともにその姿を変えます。
アクセス
龍山地区の入口、西川橋から白倉川沿いに上がって車で約7キロ
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