平日の宿泊なら、断然お得 宿泊施設いろいろランキング
ジャンル別・売筋ランキング net-shopping新着商品ガイド

2005年12月17日

石川県

石川県のスキー場ガイド


石川県観光連盟


九谷焼窯跡展示館

吉田屋窯跡は、九谷焼のルーツを探る上で歴史的に貴重な遺跡です。窯跡や文献など貴重な展示物は山代の誇りです。


九谷焼とは?

江戸時代前期、加賀百万石前田家の支藩大聖寺藩によって、山中町九谷で焼きはじめられた色絵磁器。現在、世界的名陶といわれる“古九谷”から始まりました。しかし40年あまりで廃絶。以後約100年間日本での磁器生産は、九州伊万里焼の独占産業だったのです。

江戸後期にいたり、瀬戸で磁器生産が成功したことに触発され、全国で磁器生産が始まり、加賀でも春日山焼や若杉焼がはじまりました。

若杉焼で磁器生産に成功したことを受け、かつて古九谷を生み出した大聖寺藩でも、もう一度あのすばらしい古九谷のような磁器を復活しようという動きが興りました。

その中心人物が大聖寺の豪商吉田屋伝右衛門だったのです。彼は文政六年(1823)自らの私財と、借金をしてまで、九谷村の古九谷窯跡の横に登窯を築き、翌年九谷焼を焼き始めました。

しかし、2年もたたないうちに山代温泉近くの越中谷に窯を移しました。九谷の山は雪深く、交通が不便だったからです。しかしこうした不便は開窯前からわかっていたはずです。それなのに何故最初に九谷村で開窯したのでしょうか。

 それは焼物の名称は最初に焼かれた場所の地名が付けられるのが一般的でした。最初から山代で始めたのでは、山代焼になってしまい、決して九谷焼の復活にはならなかったからだと考えられます。こうした吉田屋伝右衛門の深慮によって九谷焼は復活し、現在まで続いてきたのです。

以後、この山代の窯が九谷窯といわれ、明治初年までは、この窯を中心とした旧大聖寺藩領内で作られたもののみが、九谷焼といわれたのです。

九 谷 焼 窯 跡 展 示 館 の資料を引用させていただいております。


石川南部(山中・山代・片山津・小松)の宿泊施設一覧

地域内の詳しい観光案内
粟津温泉観光協会 山代温泉観光協会 大聖寺観光協会 片山津温泉観光協会
白山一里野温泉観光協会 山中温泉観光協会 白峰村観光協会



秘境紹介 舳倉島


島の概要

舳倉島は、輪島市の北方海上約48?に位置する。島の形状は、北東~南西方面に伸びた長卵形を呈し、総面積1.03平方キロ、海抜12.4?の平坦な島である。

絶海の孤島は厳しい自然の影響を直接受けることが多く、北西岸は日本海の激浪に洗われ、高さ10?余に及ぶ切り立った断崖が連なり、複雑な入り江は好景観を創り出している。
 一方、南東岸は円礫からなる砂利浜が続き強風と波浪の影になる部分で、北西岸や南西岸に比べ風も波浪も弱く、集落や港もここに形成されている。
島の気候は、海洋性で変化が少ないため、大幅な四季の移り変わりは明瞭ではない。
厳しい自然に圧倒されたものであろう島には、原生の樹木を見ることはできない。以前は雑草が繁るにまかせてあったが、昭和27年から国、県の治山事業として面積15.7?に防風と魚類の集る漁付林を目的に松樹の保育が進められている。

野鳥の楽園 舳倉島

舳倉島は、野鳥の繁殖地、休息地としても有名です。季節を問わず多くのバードウオッチャーが訪れ、鳥たちの姿やさえずりを楽しんでいただいています。

舳倉島への定期連絡船 ニューへぐら

定期船「ニューへぐら」運航時間

3月1日~10月31日(※) 11月1日~2月28日(冬期間)
輪島発9:00 10:30舳倉島着 輪島発9:00 10:30舳倉島着
舳倉島発15:00 16:30輪島着 舳倉島発14:00 15:30輪島着
(所要時間 1時間30分)

<運賃>
片道=大人1,900円 /小人950円
(団体割引/15人以上1割引)

※8月23日~25日の3日間は
都合により定期船は運航しません。

問い合わせ先
へぐら航路株式会社  0768-22-4381


能登地区(七尾・輪島・和倉・珠洲)の宿泊施設一覧

地域内の詳しい観光案内
能登空港広域観光協会 輪島市観光協会 珠洲市観光協会
和倉温泉観光協会 羽咋市観光協会 志賀町観光協会



兼六園




水戸偕楽園(かいらくえん)、岡山後楽園(こうらくえん)とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれています。


兼六園は、「廻遊式」の要素を取り入れながら、様々な時代の庭園手法をも駆使して総合的につくられた庭です。廻遊式とは、寺の方丈や御殿の書院から見て楽しむ座観式の庭園ではなく、土地の広さを最大に活かして、庭のなかに大きな池を穿ち、築山(つきやま)を築き、御亭(おちん)や茶屋を点在させ、それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる庭園です。いくつもの池と、それを結ぶ曲水があり、掘りあげた土で山を築き、多彩な樹木を植栽しているので、「築山・林泉・廻遊式庭園」とも言われています。


何代もの加賀藩主により、長い年月をかけて形づくられてきた兼六園ですが、作庭における基本的な思想は一貫していたようです。その思想とは神仙思想。大きな池を穿って大海に見立て、そのなかに不老不死の神仙人が住むと言われる島を配します。藩主たちは、長寿と永劫の繁栄を庭園に投影したのです。最初の作庭者、5代藩主・綱紀(つなのり)は、瓢池に蓬莱(ほうらい)・方丈(ほうじょう)・瀛州(えいしゅう)の三神仙島を築きました。また、13代藩主・斉泰(なりやす)も、霞ヶ池に蓬莱島を浮かばせています。



金沢市内の宿泊施設一覧

地域内の詳しい観光案内
金沢市観光協会 湯涌温泉観光協会

15:59